ΔT とは何か、どういう場合にそれが必要なのか。この値を知らなければ、古代の日食の検証が不可能であることを簡単に説明します。 ΔT は、周期一定な時計の指時と周期が変動する時計の指時との差を意味します。現代では、周期一定な時計として原子時計が、周期が変動する時計として世界時が、その役目を果たしてします。世界時は、地球自転の周期から得られる時系です。 19世紀末から、地球自転速度が年々遅くなっているということが、分かってきました。それまでは、地球自転速度は一定であるとして、天体暦が作成されてきました。19世紀の半ば頃には、天体力学が完成し、その成果としての天体暦は精密科学の粋としての評価を受けていました。 この天体暦の中には、太陽系天体の位置も掲載されていました。19世紀には、天体観測装置も精巧なものになり、観測精度も天体暦の精度に劣らないものとなっていました。 長期間の観測によって、観測値と暦位置との違いが経年的に拡大していることが分かってきました。それも、観測から得られた平均黄経と暦の平均黄経との差が、各天体の平均速度(軌道上を運行する平均速度)にほぼ一致していることが分かりました。 平均黄経は、 L = n ( t - to) で表されます。t にΔt の狂いが生じていれば、平均黄経は L + ΔL = n ( t + Δt - to) となり、その差は ΔL = nΔt となります。観測結果は、この事実を検出したのです。 to は、ある定められた元期です。 n は各天体とも古代からの記録も含め長年にわたる観測値から精度よく決まっていたので、ΔL の原因はΔt にあるのではないかと結論されています。 Δt = ∫Δωdt の右辺の自転周期の変動の微分値 Δω が不明でも、積分値は観測から得られます。 ニュートン時代のハレー(彗星名で知られている)は、古代の日食記録と当時に得られている日食記録から、月は100年に10″程度の加速が見られると発表しています。これは、まさに月のΔL を検出していたことになります。これは、月の永年加速項として、天体力学上の問題とされていました。 それで周期一定とした時系に基づく天体暦によって古代の日食、月食を計算すると、そのままでは古代日食の記録を再現できません。これは当然です。 ΔL の補正値を、その年代に応じて決めなければいけません。これは、 Δt を決めることに他なりません。Δt の予測値が適切であれば、計算結果は古代日月食の記録と一致します。 水晶時計や原子時計が利用できる前のΔt は、古代であれば日食・月食の記録から、17世紀以降は日食・月食・星食などの太陽系天体の観測結果から、求めることができます。 原子時計が利用できるようになると、地球自転の遅れが精密に測定出来るようになったので、これからΔt が得られます。両Δt は、生成の違いはありますが、本質的には同じことを追究しているので、これをΔT で統一しています。
現在、天体暦の時刻引数はET(暦表時)と TT(力学時、以前はTD)とに分けられます。 前者は力学理論の解から得られた計算式の時刻引数、後者は運動方程式の独立変数に使われている時刻引数です。 日食・月食の計算では、ET(TT)で計算を進め、接触時刻や可視地点などを求め、最終的にUT(世界時), 可視経度をグリニッジ経度に変換します。 ET(TT)をUTに変換するには、ET(TT)からΔT を減ずるだけでよいのです。可視地点は暦表経度、緯度で得られていて、緯度は変換の必要がないのですが、暦表経度をグリニジ経度に変換しなければなりません。それは次式によります。 λ=Λ+1.00273790ΔT ここで、 λはグリニジ経度、Λは暦表経度です。 暦表経度とは、周期が一定の速度で自転する仮想地球上に設定した暦表子午線から測った経度です。 この暦表子午線は、1900年1月1日0UTにグリニジ子午線と一致しているとします。またその自転周期は、スタート時点の地球自転周期と一致するものとします。 また暦表恒星時、暦表平均太陽時、暦表ユリウス日などの概念も導入されています。これらはUT系で構築されているグリニジ恒星時、グリニジ平均太陽時、ユリウス日などに対応する量です。 これら相互の関係を正しく知っていないと、世界時と経度とが絡む天文計算をする場合、 天体暦が暦表時(力学時)で表示されているので、混乱を生じるおそれがあります。 例えば、ある地点(経度・緯度)の日出没時、月出没時を世界時で求める場合など、ΔT の値を知り、それを正しく適用しなければなりません。
基本的にはAstronomical Almanac 1992及び Explanatory Supplement to the Astronomical Almanac (1992) に従った表値、計算式を用いています。
(参考)
また、地球自転変動の変化の現在を知ることが出来るWeb site は、以下の箇所です。
前585年5月28日の日食では、その ΔT の値について、以下のように種々の説があります。
それらの値は、301.1614分から363.9058分までです。 本プログラムを用いて、 ΔT の値によって、日食がどうなるかを計算しました。 ΔT の値が、301.1614分(18070秒)の場合、363.9058分(21834秒)の場合のアテネ付近の拡大図と食の推移を示します。いずれの場合にも、アテネでは部分食になります。 さらに中心線がアテネを通過するとした場合には、 ΔT の値は14300秒(238.33分)です。この場合の拡大図と食の推移も示します。 |